2021年03月10日
ポーラ伝統文化振興財団では設立以来、わが国の貴重な伝統文化に貢献され、今後も活躍が期待できる個人または団体に対し、更なる活躍と業績の向上を奨励することを目的として、顕彰を行ってまいりました。 本年で40回を迎えた「伝統文化ポーラ賞」。この度、弊財団40年の軌跡と共に、過去ポーラ賞受賞された方々を随時ご紹介致します。 |
第30回 伝統文化ポーラ賞 地域賞 鬼来迎保存会「鬼来迎の保存・伝承」 川﨑瑞穂(博士・神戸大学特別研究員) |
「鬼」といえば「節分」ですが、日本の春夏秋冬を彩る祭礼とその芸能にも、実に様々な鬼が登場します。鬼を追い払う「追儺」(ついな)という儀礼が芸能化したものが地方に多くのこるほか、民間の神楽などにもバラエティ豊かな鬼たちが姿を見せます。8月のお盆に催行される「鬼来迎」(きらいごう:千葉県山武郡横芝光町虫生)もまた、鬼が登場する民俗芸能として知られています。「地獄芝居」と言われるこの芸能では、鬼たちが亡者をあらゆる方法で痛めつけ、真夏の境内はさながら「三次元の地獄絵図」と化します。 |
あの世を視覚化すること。それは古今東西の演劇が得意としてきたことであり、現在でも様々な舞台であの世が可視化されます。とりわけ「地獄」を表現した芝居は多く、歌舞伎や宝塚歌劇のほか、最近ではアニメや漫画などといった二次元の世界でもおなじみのモチーフとなっています。亡者を襲う地獄の苦しみと仏による救済。かつてはいくつかの地域で行われていた「地獄芝居」ですが、現在は鬼来迎のみがその伝統を受け継ぎます。 |
今日上演されている鬼来迎は、演目の取捨選択を経て現行のスタイルになりました。最初の演目を「大序」(だいじょ)として地獄の冥官(みょうかん)や獄卒(ごくそつ)の披露をすることや、最後の演目の幕切れの演出、せりふの扱いなど歌舞伎の影響があるとされています。また、古くは最後に二十五菩薩の「練り供養」(ねりくよう)も行っていたと言われています。練り供養とは、人間が死に至る刹那、阿弥陀如来が菩薩たちとともに「来迎」し、死者を浄土に「引接(いんじょう)する」(導く)という信仰を可視化した儀礼です。 |
「閻魔大王」 |
フランスの哲学者エマニュエル・レヴィナスが「死が到来するつねならぬ時間は、なにものかがさだめた運命の時のように接近してくる」(熊野純彦訳『全体性と無限』)と表現するように、死の到来とその後の世界は、人類が考える時間を費やしてきた大きなトピックの一つです。鬼来迎では、鬼を主人公として地獄を可視化したのち、仏を主人公として極楽浄土を可視化することで、「死」というテーマを巧みに描き、人々が死後の世界に思いを馳せる助けとなってきたのでしょう。 |
伝統文化ポーラ賞を受賞した鬼来迎保存会は、現在でも受賞時と変わらず、「鬼来迎の保存・伝承」を主導し、地域の振興を支えています。 |