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お知らせ

2021年03月29日

 

ポーラ伝統文化振興財団では設立以来、わが国の貴重な伝統文化に貢献され、今後も活躍が期待できる個人または団体に対し、更なる活躍と業績の向上を奨励することを目的として、顕彰を行ってまいりました。 本年で40回を迎えた「伝統文化ポーラ賞」。この度、弊財団40年の軌跡と共に、過去ポーラ賞受賞された方々を随時ご紹介致します。

第19回 伝統文化ポーラ賞 地域賞

稲川武男「粟野春慶塗の伝承」

世川祐多(パリ大学博士課程)

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春慶塗(しゅんけいぬり)は、下地を補強せずに透明度の高い透漆(すきうるし)で仕上げることにより、木目を見せる漆器のことです。透漆とは生漆から水分を取りのぞき、透明度を高くした漆であり、これにより自然の木目の美しさが際立ちます。主に粟野、飛騨、能代、木曽、伊勢の春慶が著名で、稲川武男氏はこの中でも茨城県中央部城里町の名産、粟野春慶の作り手です。

粟野春慶は、500年以上前、1489年に稲川山城守によって創始されました。その特徴は、素材に堅牢な茨城産ヒノキと茨城大子の漆を用い、原料の生産から仕上げまでを茨城で完結することです。それにより、質感は透明感に溢れ、光沢が麗しく仕上げられます。

江戸中期、德川光圀は紀州の漆工と粟野の稲川家8代目稲川興兵衛を競わせました。その結果、稲川興兵衛が勝利したことで水戸藩の御用となり栄えました。文明開化後もその伝統は続き、戦前期には20軒ほどの職人を擁し、外地に輸出をするほどでありました。しかし、戦後プラスチック容器などに押される形で、他の日本の漆器同様、粟野春慶は衰退し、作り手は稲川山城守のご子孫である稲川氏ただ一人になってしまいました。

稲川氏の作品は、下地に漆しか用いず、土室で丁寧に乾燥させるため、漆が剥がれにくく、木目が美しい。そして、年月を経るほどに赤みが抜け、黄金色に光沢が増していきます。秋田県の能代春慶は平成に入り後継者不在となり生産が途絶えてしまったため、粟野春慶を守り抜く稲川氏は、生み出される作品のみならず、存在としても貴重で、今ではご子息の20代目義一氏が粟野春慶の稲川家を継いでいます。

城里町桂図書館・郷土資料館

https://www.lics-saas.nexs-service.jp/shirosato/index.html

城里町HP

https://www.town.shirosato.lg.jp

 



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