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お知らせ

2021年02月10日



ポーラ伝統文化振興財団では設立以来、わが国の貴重な伝統文化に貢献され、今後も
活躍が期待できる個人または団体に対し、更なる活躍と業績の向上を奨励することを
目的として、顕彰を行ってまいりました。 本年で40回を迎えた「伝統文化ポーラ賞」。
この度、弊財団40年の軌跡と共に、過去ポーラ賞受賞された方々を随時ご紹介致します。

 

第24回 伝統文化ポーラ賞 地域賞

 針生乾馬

「堤焼の伝承・振興」

佐藤典克(陶芸家)

 堤町(仙台市青葉区)にたくさんの窯場があったことがその名の由来となった、仙台ならではの焼物「堤焼(つつみやき)」。江戸時代、北の守りとして足軽町が形成され、堤町の足軽武士は近隣で採れる良質な粘土を利用し、内職として素焼きの鉢や甕などの生活雑器や、土人形などを作って販売していました。

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海鼠釉夫婦湯呑

 元禄年間(1688~1704)頃になると、仙台藩主が使う茶器などを手がける御用窯として始まり、粗く優れた地元の土を活かした素朴さと、黒と白の釉薬を豪快に流し掛けた“海鼠釉(なまこゆう)”が特徴となりました。昭和初期に堤町を訪れた民芸の父・柳宗悦(やなぎ むねよし)にも東北を代表する民窯として注目され、水甕(みずがめ)などが高く評価されていくようになります。

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電子ロクロで成形

 水甕や鉢といった庶民の生活雑器を広く製造するようになって300年以上の歴史を誇る「乾馬窯」(けんばがま)は、最盛期に30軒以上あった窯元の一つです。需要の減少や急速な都市化による公害問題(窯の煙や煤)などが原因で、昭和50年代には堤町にある全ての窯の火が落ちました。

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釉掛け(くすりがけ)

 現在では「乾馬窯」が唯一の窯元となり、4代 針生乾馬が昭和39(1964)年に丸田沢(仙台市泉区)の緑豊かな環境に場所を移して伝統と技を守り続け、現在は5代 乾馬が当主を務めています。

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4代 針生乾馬

  窯名は、初代当主が仙台藩に造艦棟梁として招かれた幕末の鬼才・三浦乾也(6代 尾形乾山)より授かった陶号が由緒となっており、4代 針生乾馬は、初代 乾馬が書き写すことを許された秘伝書『乾山秘書』をもとに、仙台の土と釉薬を使ってこの地の風土に根ざした焼物、堤焼の伝承・振興に力をいれた人物でもあります。
  その功績が評価を受け、平成16(2004)年 、伝統文化ポーラ賞 地域賞を受賞されました。

 

※お写真はすべて「堤焼乾馬窯」様よりご提供いただきました。

◇公式サイト:堤焼乾馬窯

 

 

 



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