2020年05月25日
映画解説 vol.24
映画『蒔絵 室瀬和美 時を超える美』─
「自然に学ぶ」
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中畑 邦夫 (博士 哲学)
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金粉を蒔く室瀬氏
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「自然に学ぶ」、漆芸家・室瀬和美氏が若き日に漆について学ぶ中で何度も耳にしたという言葉である。室瀬氏はいまだに、この言葉をいわば「一生の宿題」としてその意味を探求し続けているという。 室瀬氏にとっての「自然」とは、たとえば木や水といった具体的な目に見えるものを意味するのではない、という。それは、目に見えない力、エネルギーであり、自分の仕事はそういったものを受けることによって生まれた気持ちを、かたちにすることであると語る。 漆の上に金粉を蒔いて絵を描くことを基本とする蒔絵では、素材と、素材に対する作者の感性が重要である。この映画で制作過程が紹介される「蒔絵螺鈿丸筥『秋奏』」(まきえらでんまるばこ『しゅうそう』)はレッドオークの葉の上で遊ぶリスたちをモチーフにしたものであるが、室瀬氏はオークの葉を6種類の異なる金粉で、リスをヤコウガイで、そしてドングリを鉛とチタンで表現する。自然の世界に存在するものを素材として、オークの葉の上でリスたちが遊ぶ様子、つまり自然の世界の営みを、再現するのである。 ところで氏の自然観は、紀元前3世紀にキティオンのゼノン(BC335~BC263年)によって創始されたストア派の自然観を思い起こさせる。ゼノンは「自然に従って生きる」ことを主張したのであるが、ここで自然とは、やはり目に見える自然のものや目に見える世界のことではなく、人間をも含めたこの全宇宙を統一させている永遠にして不変の秩序・調和のことであり、理(ことわり)のことであって、自然の世界のあらゆる営みはその現われであるとされる。 西洋の歴史において、ストア派の思想は、文化を担う人々のあいだで基本的な教養として受け継がれてきた。日本では安土桃山時代以来、漆芸作品はヨーロッパの上流階級の人々のあいだで”Japan”と称され愛されてきたというが、もしかしたら彼らは、漆器の中にストア派の説く秩序・調和としての自然を見出していたのかもしれない。 さて、この映画で紹介される「蒔絵螺鈿丸筥『秋奏』」であるが、室瀬氏は実に驚くべき方法で、この作品に自然の世界のひとつの「要素」を取り入れた。それがなんであるのかは、ぜひともこの映画をご覧になってご確認いただきたいが、ただ、それは私たちが非常に慣れ親しんでいる、ともすればその存在を忘れてしまいがちな要素である、とだけ申し上げておく。自然の世界の営みを再現しつづけてきた室瀬氏は、新しい発想によって新しい要素を取り入れることによって、また一歩、自分の作品を永遠にして不変な自然の秩序・統一に、この映画のタイトルにあるように「永遠の美」に、近づけることに成功したと言えるであろうし、また、「一生の宿題」へのひとつの回答にたどり着いたと言えるであろう。
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作品のモチーフであるリスをスケッチする室瀬氏 |
ヤコウガイで作られたリスと 鉛・チタンで作られたドングリ |
6種類もの金粉によって レッドオークの歯葉が表現される |
研ぎ出しによって素材の質感が活かされる |
ロンドンの博物館で 漆器のメンテナンスを指導する室瀬氏 |
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※「蒔絵 室瀬和美 時を超える美」(2017年制作/39分)
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