文字サイズ

  • 大
  • 中
  • 小

ここからコンテンツ情報

お知らせ

2020年03月25日



映画解説 vol.22

映画『変幻自在 ─田口善国・蒔絵の美─』
「変幻自在」のコミュニケーション能力

 

中畑 邦夫 (博士 哲学)


 今回の映画は、漆芸家の田口善国氏が、蜂の巣作りを観察する場面から始まる。古い言い伝えによれば、そもそも最初に漆を発見して活かしたのは人間ではなく蜂であったそうである。蜂そして蜂の巣は、今回の映画でその制作過程が伝えられる「王蜂蒔絵飾箱」の「意匠」つまりデザインとなっている。

 田口氏は、我が国における漆芸、中でも蒔絵(まきえ)の第一人者であり、ナレーションでも語られる通り、田口氏ほど数々の技を使いこなし、また、大胆な表現を試みる作家もいないであろう。しかし私は、今回の映画において、田口氏の技もさることながら、氏が意匠を決める過程に大いに興味をひかれた。田口氏の数々の意匠の根底にあるのは、自然の中に生きる小さな生き物たちとの「共感」(sympathy シンパシー)である。田口氏は、小さな生き物たちと文字通り、「感情」(pathos パトス -pathyの語源)を「共に」(sym-)するのである。

 たとえば、田口氏は、野原を歩く際に小さな昆虫たちを気が付かずに踏んでしまったりする恐れがあるため、「ごめんね、ごめんね」と謝りながら歩く、というのである。また、「王蜂蒔絵飾箱」を制作中のある夜、氏は蜂の精霊に出会ったという。蜂になる前、蜂の精霊は人間の女の子だったのであり、意匠のモデルになれて蜂も嬉しかったのだろうと、氏は実に楽しそうに語る。

 田口氏のこのような人柄から、私は中世イタリアの偉大な修道士であるアッシジの聖フランチェスコ(1182年~1226年)を想い出した。フランチェスコは、「鳥への説教」のエピソードでよく知られているように、様々な動物たちと心をかよわせることが出来たと言われている。このようなエピソードは、一般的には、森羅万象を兄弟とするフランチェスコの思想を伝える「たとえ話」のようなものであると考えられている。しかし、私が哲学の教えを受けた中村雄二郎氏は、このようなエピソードは「たとえ話」などではないと考えた。動物と心をかよわせるなどということは、たとえば科学的な立場からすればナンセンスだと考えられるであろう。しかし、科学的なものの考え方というものは人間の能力の全体の中のほんの一部を説明するものであるにすぎないのであり、人間には本来、科学では説明できないコミュニケーション能力が備わっているのであって、フランチェスコはそのような能力を働かせていたのではないか、中村氏はそのように考えたのである。

 田口氏の作品の数々、そして人柄は、伝統工芸の世界に私たちを誘ってくれるにとどまらず、人間のコミュニケーション能力の大きな可能性を、私たちに気付かせてくれる。

「王蜂蒔絵飾箱」
王蜂蒔絵飾箱
「意匠」を描く田口善国氏
「意匠」を描く田口善国氏

「ひっかき」の線描で、意匠の微妙なゆらめきまで表現する
「ひっかき」の線描で、
意匠の微妙なゆらめきまで表現する

「野原蒔絵香合」のバッタの意匠
「野原蒔絵香合」
※写真は、すべてポーラ伝統文化振興財団による撮影

 


  ※記録映画「変幻自在 ─田口善国・蒔絵の美─」(1993年制作/36分)
2201_001

映画紹介はこちら
無料貸出はこちら



  • ページトップへ戻る