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2019年11月25日



映画解説 vol.18

映画『重要無形文化財 輪島塗に生きる』

「内」の美、「外」の美

 

中畑 邦夫 (博士 哲学)

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完成した後には漆の下に隠されて
見えなくなってしまう木地

 輪島塗の作品は私たちの生活の中でとてもポピュラーなものだ。皆さんのご家庭にも輪島塗の作品があるのではないだろうか。私たちは、輪島塗の作品を見る時、蒔絵、沈金といった技術によって施された美しい装飾に目を奪われがちである。たしかに、優美な装飾は輪島塗の大きな魅力だ。しかし、それと同時に、長期にわたる日常の使用に耐えることができる丈夫さもまた、輪島塗の特徴なのである。輪島塗の作品は完成するまでに数多くの工程を経る。細かい工程まで含めるとその数は124にもおよぶ。その工程は大きく分けると、「木地作り」、「下地」、「中塗り」、「上塗り」、「加飾」の5つである。蒔絵や沈金によって輪島塗特有の優美さを産み出すのは最後の「加飾」の工程である。つまり、輪島塗の優美さにかかわるのは全て行程の中のごく一部なのであり、それ以前の工程、特に「木地作り」や「下地」といった工程の結果は、完成された作品では目に見えない。しかし、もう一つの特徴である丈夫さは、このような目に見えない工程によって成り立っているのである。私は、今回の映画を観て輪島塗のこのような製作工程を初めて知り、表面上の美を支えるものの大切さについて大いに考えさせられた。

 1986年(昭和61年)、輪島塗技術保存会は総会において、20世紀の最後を飾る事業として千年以上の保存を考えた作品の制作を決定した。選ばれた作品は懸盤一式。今回ご紹介する映画は、製作決定から足かけ5年にもおよぶ期間をかけて完成された「檜素地沈金蒔絵菊文懸盤一式」の製作過程を記録したものである。この映画の中でも特に注目していただきたいのは、どの工程においても、職人の繊細な感覚が発揮されている作業の様子である。職人たちは製作中の作品の出来具合を指先や手のひらで確認しつつ作業を進める。また、職人たちは製作のための道具を自作するのであるが、そのような道具はあたかも身体の延長であるかのように、職人たちの中にある作品のイメージを忠実に表現してゆく。輪島塗の製作過程では温度や湿度が作品の出来を大きく作用する。現代においては適切な温度や湿度を機械によって保つことができるのであるが、かつて職人たちは独特の感覚によって適切な温度や湿度を感じ取っていたのであろう。

 ドイツの詩人であり思想家であったF・シラー(Johann Christoph Friedrich von Schiller、1759年~1805年)は、人間の美しさに関して次のような言葉を残している。「外見上の美しさは、内面の美しさを示す兆候である」。このことは、輪島塗の作品にも当てはまる。輪島塗の作品の表面上の美しさは、職人の繊細な感覚によって丁寧に作られた目に見えない部分の上に成り立っている。美しさの本質について考える時、伝統工芸の作品とその製作過程は、私たちに多くのヒントを与えてくれるのである。

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職人が自作した道具の数々

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製作には繊細な感覚が必要とされる

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完成した「檜素地沈金蒔絵菊文懸盤一式」

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完成した「檜素地沈金蒔絵菊文懸盤一式」

※写真は、すべてポーラ伝統文化振興財団による撮影

 


  ※記録映画「重要無形文化財 輪島塗に生きる」(1990年制作/34分)
 
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