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2019年09月25日

 



映画解説 vol.16

映画『伝統の技と心 西出大三 截金の美』

美の考古学

 

中畑 邦夫 (博士 哲学)

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 わたしたち人間は、とかく、今・現在、自分たちが見ているものを基準として、歴史的な過去をイメージしてしまいがちである。特に、仏像や仏画といったいわゆる仏教美術については、そういった傾向が著しいようである。たとえば、仏像の色をイメージしていただきたい。おそらく皆さんは、暗い色や素材である木の色をイメージするのではないだろうか。日本の伝統的な美意識である「侘・寂(わび・さび)」や「枯山水(かれさんすい)」といった芸術様式では渋さや静かさが良しとされることも手伝って、仏像や仏画もそのようにイメージされがちのようだ。

だが、本当にそうだろうか?

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 かつて人々は、今・現在、私たちが見ている仕方とはまったく別の仕方で、まったく別のものとして、仏像や仏画を見ていたのではないだろうか?これは、哲学に通ずる発想である。哲学とは、今・現在の自分の考え方や感じ方を唯一の正しいものであるという思い込みを捨てることから始まるのだ。

 そういった意味では、西出大三氏は截金(きりかね)師であると同時に哲学者である。西出氏は、現在に残された仏像や仏画の中に、本来の姿の痕跡を発見し、それを手がかりとして仏像や仏画のかつての姿を再現する。そこに現われるのは眩い極彩色の上に金や銀による装飾がほどこされた、繊細かつ華麗な姿である。

 西出氏の仕事は、遺跡や遺物を手がかりにしてかつての人々の生活を再現しようとする考古学者たちの仕事にも通ずるものがある。フランスの哲学者M・フーコー(Michel Foucault  1926年~1984年)は、このような考古学的方法を哲学の世界に取り入れ、それを「知の考古学」と名づけた。西出氏の仕事は、まさに「美の考古学」と呼ぶにふさわしいであろう。

 截金とは細い直線状の金箔や銀箔を貼りつけることによって模様を描く技術である。その技術は高度であるがゆえに受けつがれることが難しく、その伝統は久しく途絶えていた。西出氏は截金の文様を再現して標本化する作業に努め、その文様は実に100種類にもおよぶ。西山氏はさらに、再現された截金の文様を自分自身が製作する作品に活かした。現代の工芸の世界に、「美の考古学」の成果を取り入れたのである。

 かつて人々は、きらびやかな仏像や仏画を見て、なにを感じ、なにを想ったのか。今となっては、私たちがそれを直接知ることはできない。しかし、再現された截金の文様を活かして西出氏が製作した工芸作品を目にする時、わたしたちはもしかしたら、かつて人々が仏像や仏画を見て抱いていたのと同じような想いを、抱くのかもしれない。

 

 

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※写真は、すべてポーラ伝統文化振興財団による撮影

 


  ※記録映画「伝統の技と心 西出大三 截金の美」(1986年制作/30分)
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