2019年05月10日
映画解説 vol.18
模型の戦略
映画『ねぶた祭り―津軽びとの夏―』
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川﨑 瑞穂(神戸大学・日本学術振興会特別研究員PD)
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空想の世界を模型化すること、それは今にはじまったことではない。日本を代表する祭りの一つとして知られる「ねぶた・ねぷた」では、毎年様々な趣向の燈籠が登場する。歴史上の、あるいは伝説的な人物を題材とするものもあれば、神話に取材したものも多い。プラモデルならば、説明書通りに作ればつねに同じものが完成するはずだが、ねぶたは複製ができない。江戸時代には絵本を元に「凧絵師」が描き、今では「ねぶた師」や「絵師」と呼ばれる専門家が、毎年下絵から、つまり説明書自体から制作しているのである。今回紹介する映画『ねぶた祭り―津軽びとの夏―』は、津軽の寒い1月から始まるねぶた作りを詳細に辿り、あの美しい「模型」がどのように誕生するのかを教えてくれる。
見惚れるほどの筆さばき。プラモデルの塗装に悪戦苦闘していた私に言わせれば、「神の領域」である。日差しが緑から流れ落ちる夏。青森港近くの「ねぶた小屋」では、「面書き」という最後の作業に入っている。緊張の作業が続いたねぶた師の顔には、疲れの色が見えている。入道雲が伸びる8月2日、「青森ねぶた」初日。完成したねぶたが台に載る。ねぶたのまわりには、このねぶただけに登場する踊り手「跳人」(はねと)と、子ども達の姿。夜7時頃、大行列が力強く太鼓を打って進み始め、いよいよ大型ねぶたの登場となる。回転し、上下に動き、観衆を魅了するねぶたと、跳人の熱狂的な踊りが交互に打ち寄せる。上空から見下ろす迫力のねぶたは、本作ならではの光景である。
8月の津軽地方にはたくさんのねぶたが現れる。本作ではねぶたに深く関係しているとされる農耕儀礼も紹介される。巨大な藁の蛇が曳行される「五所川原の虫送り」。夕暮れの河原にきらびやかな行列がゆく「横手のねむり流し」。そして美しい絵が町中に並ぶ「湯沢の七夕絵灯籠」。さらには弘前や黒石の扇型の「ねぷた」や、その最古の図も見せてくれる。かくも広範囲に伝わるねぶたを、本作では分布図によってわかりやすく図示するだけでなく、県外の例として秋田県の「花輪ねぷた」なども紹介している。眠気をさそう妖怪を流す民俗行事「ねむりながし」に由来するともいわれる「ねぶた」。「能代ねぶながし」をはじめとして、多くのねぶたは最後には火をつけられ、水に流されていた。ガンプラ(ガンダムのプラモデル)にバトルダメージを施すどころの話ではない。本作には、ねぶたを流した後の歌を記憶する人物による、貴重な歌声も収録されている。
アニメ『ガンダムビルドファイターズ』(2013~2014)では、キャラクターたちが「実際の」ガンダムに乗って戦うのではなく、ガンプラを仮想空間で操縦して戦う。アニメの中のガンダム自体が「模型 Simulacre」である本作は、模型の対象自体が模型になるという、現代社会の特徴を如実に物語っている。これに対しねぶたでは、模型の対象自体はほとんどが実在しないのに対し、ねぶた自体はつねに「リアル」なものである。最近ではアニメやゲームのキャラクターがねぶたとなって登場することもあるが、彼らもねぶた師の手にかかれば複製不能な唯一無二のモノとなる。そのモノたちは、まさに毎年生まれるモノであり、技を伝え続けなければ生まれないモノでもある。「消費」でも「保護」でもなく、あくまで「蕩尽」されるねぶた。その眼は、「ハイパーリアル Hyperréel」な現代社会の先を見据えているのかもしれない。
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青森ねぶた (2018年筆者撮影)
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跳人(はねと) (1992年ポーラ伝統文化振興財団撮影)
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弘前ねぷた (2018年筆者撮影)
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キャラクターのねぷた 弘前市のゆるキャラ、たか丸くん (2018年筆者撮影)
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※記録映画「ねぶた祭り-津軽びとの夏-」(1993年制作/34分)
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※次回は6月10日、映画解説(民俗芸能)の総集編をお届けします。