2018年11月12日
映画解説 vol.13
花祭り、下から見るか?横から見るか?
映画『舞うがごとく 翔ぶがごとく―奥三河の花祭り―』
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川﨑 瑞穂(神戸大学・日本学術振興会特別研究員PD)
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愛知県、静岡県、そして長野県の県境地帯、いわゆる三遠南信地域は、毎年ある時期、民俗芸能を連日連夜「ハシゴ」することができる夢のような場所に変貌する。今回紹介する映画『舞うがごとく 翔ぶがごとく―奥三河の花祭り―』を観ていると、谷を越えれば別の芸能があるこの魅力的な地域を、早川孝太郎の名著『花祭』を頼りに歩き回った懐かしい学生時代の記憶が蘇ってくる。花祭りとは、お湯を沸かしてそこにあらゆる神を招き、最後に釜の湯を人々に振り掛ける、いわゆる霜月祭り(霜月神楽)とよばれる祭りの一種である。温泉に神々をもてなして饗応する映画『千と千尋の神隠し』のモデルの一つとなったことは、アニメファンならずとも広く人口に膾炙している。
幽玄な奥三河の山々の風景が観る者を最初に出迎えてくれる。山村のどこか懐かしい情景から、地域の歴史を紐解いてゆき、室町時代末期の花祭りの開花までを簡潔に描きだす。囃子の音を合図に一帯の地図が映し出され、愛知県北設楽郡の東栄町足込(あしこめ)地区(11月第4土~日曜日)と豊根村下黒川地区(1月2~3日)の花祭りにフォーカスしていく。本作はこの二つの地区の花祭りをなるべくそのまま映し出そうとしており、BGMも控え目で、祭りの雰囲気を耳でも楽しむことができる。飛び上がり、大地を踏みしめる、いわゆる「反閇」(へんべ)などと呼ばれる特徴的な足さばきをカメラが巧みに追う。次第に観客たちも舞の輪に入り交り、歓声もこだまする。下から横から、さまざまな角度で花祭りの側面を映し出しており、さながら祭りの庭に迷い込んだようである。
真夜中にさしかかると、いよいよ巫女(みこ)、媼(おうな)、翁(おきな)などといった様々なモノたちが順に登場し、煮えたぎるお湯の周りで幻想的な舞をみせてくれる。方言によって語られる翁の言葉は、同時通訳のようなナレーションを通して私たちを楽しませる。そこに様々な鬼たちが登場し、祭りは最高潮に達する。やがて朝を迎え、遂にお湯をまき散らす瞬間が突然訪れる。神々は一晩のもてなしに満足して帰っていくが、最後まで帰りそびれた神は、天狗のような面をつけた「鎮め」の舞で送り返されていく。湯ばやしの喧騒と静謐なる舞のコントラストは、花祭りの一夜が明けたことを言外に物語る。
この映画評で初めて花祭りに接する読者は、そこかしこに『千と千尋』の世界に通じるトンネルを見つけ出すかもしれない。もし二つの世界を重ね合わせてしまったのならば、あなたの頭の中では、『千と千尋』「が」花祭り「に」影響を与える、という逆転現象が起きているともいえる。千尋が湯屋に迷い込む以前、花祭りに集う神々は温泉に入らなかったのだから。本作で二つの花祭りが精巧に入り組んで編集されているように、われわれをとりまく芸能やコンテンツの中には、他の何らかのコンテンツにつながるトンネル、あるいは線路がまぎれこんでいたりする。『千と千尋』と花祭り。どちらから見ても構わないし、別の好きなアニメや小説へのトンネルを探しても構わないのだ。どうか誤読を恐れないように。正しい読みなどいまだかつて生まれたことはなかったし、これからもそうであろうし、また、生まれないように注意しなければならない。
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豊根村下黒川地区の情景
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足込地区の「花の舞」
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花祭り後半に登場する面(足込地区)
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下黒川地区の「山見鬼」(やまみおに)
※写真は、すべてポーラ伝統文化振興財団による撮影
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※記録映画、「舞うがごとく 翔ぶがごとく―奥三河の花祭り―」(1992年制作/33分)
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※次回は1月10日、「国東の修正鬼会―鬼さまが訪れる夜―」をご紹介します。
なお、12月10日は総集編をお送りします。