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2018年10月10日




映画解説 vol.12

君が望む君は誰が望む君?

映画『われは水軍―松山・興居島の船踊り―』

 

川﨑 瑞穂(神戸大学・日本学術振興会特別研究員PD)

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 ふと、子どもの頃になりたかったヒーローたちを思い出してみる。ウルトラマン、仮面ライダー、挙げればキリがないものの、気づけばヒロイズムとは縁遠い業界の端っこで生き長らえている自分に戻ってしまう。瀬戸内海のある島に、「水軍」になりたい若者たちがいるようだ。もちろん本物の水軍ではない。中世、伊予水軍の活躍したその島には、往時を偲ぶ「船踊り」という民俗芸能が伝承されている。今回紹介する映画『われは水軍―松山・興居島の船踊り―』は、若者たちがどのように水軍になっていくのか、その舞台裏を映し出した作品である。

 

 

 伊予柑の花が咲き乱れる興居島(ごごしま)。愛媛県松山市に位置するこの小さな島の鎮守の社、中厳前神社(なかごぜじんじゃ)で、大人たちが若者に踊りを教えている。音楽は大太鼓と拍子木のみの、至ってシンプルなものである。この船踊りは、毎年10月の第一土曜日、船越和気比売神社(ふなこしわけひめじんじゃ)の秋祭りに際して挙行される。歌舞伎の影響によって成立したものであるとされているが、歌舞伎のようなセリフはない。当地では、海賊との戦に勝ち、その戦の様子を伝えたのがはじまりであるとも伝えられている。

 

 

 役者選びの場面。役所に勤めるある男性は、高校時代から踊り続けており、今回の演目「伊予水軍」で水軍の大将に抜擢される。これに対し、ある中学生は海賊の手下役を務めることとなる。大将となった男性は、手下を引き連れて勇壮に踊るが、舞台での踊りが初めてというその中学生は、いささか苦戦しているようだ。船踊りの稽古が続くある晩、師匠とよばれるベテランが来訪し、コツを伝授する。ここではセピア色になった船踊りの写真が映し出され、各地区から船が出て賑わう昔日の祭りの情景にわれわれを誘う。明治時代から現代の祭りの日に戻ると、あの2人は準備の真最中。水軍の武士の化粧と、海賊の手下の化粧を施され、いざ船上の舞台へ。この演目では、酒盛りをしている海賊のもとに水軍が登場し、手下同士の戦いから大将同士の戦いへと移っていく。一か月の稽古でどれだけ上達するのか、自信に満ち溢れる彼らの踊りが雄弁に物語る。

 

 

 少年は言う。これで大人に少し近づけたと思う、来年は今年よりもうまく踊りたい、そして水軍もやってみたい、と。なぜ彼は水軍になりたいのだろうか。芸能に携わっていなければその理由はわからないかもしれない。だが、そもそも何かになりたいと望むことに、はっきりとした理由がある人はどれだけいるのだろうか。水軍の大将を務めた男性も、大将の役を演じてきた先人たちも、元々は水軍になりたい若者たちであったはずだ。われわれが望んでいることは、このように他者が望んでいることであったりする。というより、他者が望まないもので、われわれが望むものはないといってもよい。誰がために人は人の望むことなど望むのか。それは、他者たちの後ろに透けて見える大いなる他者のためかもしれない。船踊りで男たちが「海賊」から守るもの、それはある特定の個人ではない。人間が生きていくうえで不可欠なその大いなる他者を、人は伝統や文化と呼び、振興したり信仰したりして生きてきたのである。

 

 

興居島

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船踊りの練習風景

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船踊りの準備風景

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船踊り本番

※写真は、すべてポーラ伝統文化振興財団による撮影


  水軍 表紙記録映画「われは水軍-松山・興居島の船踊り-」(1998年制作/33分)
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※次回は11月10日、「舞うがごとく 翔ぶがごとく―奥三河の花祭り―」をご紹介します。



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