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2018年09月10日




映画解説 vol.11

人形という多様体

映画『ふるさとからくり風土記―八女福島の燈籠人形―』

 

川﨑 瑞穂(神戸大学・日本学術振興会特別研究員PD)

映画写真3

 秋分の頃、出店が並ぶ神社の境内を涼しい夜風が通りゆく。一角に建つ美しい舞台では、春の景色から一変、色鮮やかな秋の情景が広がる。そこで物語を演じるのは人間ではなく、人形である。不思議なことに、この舞台には文楽のような人形遣いはいない。まさか『美少女戦士セーラームーンSuperS』に登場する「自動人形カラクリ子ちゃん」のように、自分から動いているわけではあるまい。今回紹介する映画『ふるさとからくり風土記―八女福島の燈籠人形―』は、福岡県八女市に伝承されるこの人形芝居の舞台裏、まさに「からくり」を教えてくれる作品である。

 

 

 

 

 

 


   古今東西、様々な人形が生まれては消えていった。映像による「からくり」の「風土記」である本作は、古代の人形ともいえる、岩戸山古墳(いわとやまこふん)の石人(せきじん)のレプリカを映し出す。そして紙漉き、提灯や仏壇の製作、矢作りといった、現代の職人の町の風景を紹介していく。八女福島の鎮守である福島八幡宮(八女市本町)の境内では、江戸期よりからくり人形が演じられてきた。その舞台(屋台)は、八女の職人たちによって毎年組み立てて造られる。舞台を造り終えた彼らは、道具を楽器に変え、今度は音作りの練習に励む。小鼓(こつづみ)から習い始めるが、間違えたり、音が出なかったりと、舌鼓のように簡単にはいかない。

 

 

 

  囃子でからくりのリズムを身に着けた彼らは、裏方として人形の操作もおこなう。本作をみると、華麗に動く人形の下には、複雑な構造が広がっていることがわかる。人形の下にレールのように設置されている「横棒」を絶妙に操作し、内部に張り巡らされた糸の動きで人形の身体を動かしている。各人の横棒の操作がうまく噛み合うことで、はじめて人形に魂が宿るのである。その身体の中には、まるで血管のように糸が張り巡らされている。からくり人形の後ろで古時計が動く、どこか哀愁漂うシーンは、時計屋がからくり人形の作り手であったことを物語る。複雑な糸の「系列série」を操作すると、腕や首がどのように連動するのか、冒頭の映像の「からくり」を見せてくれる。

 

 

 

  

 そして祭りの日の夕刻。日が落ちて太鼓の音が浮かび上がってくる。提灯に火がともり、舞台では、本作冒頭と同じように人形が舞いはじめる。何の解説もなく人形を観ていた冒頭とは違い、われわれはその下や横でどのような操作をしているのか、もうその「からくり」を知っている。しかし種を明かされることでより美しく、感動的にさえ見えるのは、はたして私だけだろうか。本作に幾度か登場する大樹を虚心に眺めていると、人形を樹木に例え、その下に張り巡らされている「からくり」を根に例えたくなるが、さらに遡行すると、その人形も横棒も、元はといえば樹木から生まれていることに思い至る。そして樹木は土から生え出でる。足元の土から石を拝借して作った人形が先ほどの石人であるとすれば、その土から伸び出た樹木を拝借して作った人形がからくり人形であるともいえる。人形とは、われわれが自然界の線状の絡み合いの中から顕在化させた一部分なのであって、私たちがみているのはその多様体の一断面にすぎないのだ。からくり人形の糸を手繰っていけば、中心なき多様体の世界に潜入する糸口をみつけることができるかもしれない。

演目「春景色筑紫潟名島詣」の一場面

 

映画写真2

組み立て式の舞台

映画写真1

人形の内部構造

映画写真4

神社境内の楠(くすのき)

※写真は、すべてポーラ伝統文化振興財団による撮影


  からくり表紙記録映画「ふるさとからくり風土記-八女福島の燈籠人形-」(1987年制作/31分)
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※次回は10月10日、「われは水軍―松山・興居島の船踊り―」をご紹介します。


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