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2018年08月10日




映画解説 vol.10

他者の顔と交わる夜

映画『端縫いのゆめ―西馬音内盆踊り―』

 

川﨑 瑞穂(神戸大学・日本学術振興会特別研究員PD)

  西馬音内2

 

 

 

 漆黒の闇の中、編み笠をかぶった踊り手がしなやかに動く。ナレーションが排されたこの空間に黒い頭巾をかぶった者が加わり、囃子と歌が響き渡る。今回紹介する映画『端縫いのゆめ―西馬音内盆踊り―』の冒頭シーンを見ると、ある人はその笠の隙間から僅かに覗く顔に色気を感じるかもしれないし、あるいは顔全体を黒い頭巾で覆う者に、言いえぬ畏れを感じるかもしれない。われわれは顔に無関心ではいられない。今でこそ“Face”bookで他者の顔は簡単に確認できるが、小さい頃の友達の顔を思い出そうとしてみると、ちょうど『20世紀少年』の「トモダチ」のように、顔を覆い隠してしまうこともある。なぜ顔が見えないだけで、私たちの心はそわそわするのだろうか。そもそも顔とは何か。

 

 秋田県で最も雪が積もる地帯であるといわれる雄勝郡羽後町(おがちぐんうごまち)に、西馬音内(にしもない)という魅力的な名前を持つ地域がある。雪国の市場の風景から、映画の登場人物の「顔」が次々に紹介されていく。没個性的な冒頭の踊りと、日常の個性的な人々との対比が印象的である。ある女性は、東京で学ぶ娘のために「端縫い」(はぬい)という盆踊りの衣装を作るのが長い間の夢であったと語り、実際に制作する場面を見せてくれる。この衣装は大小の布切れを一定の型に従いつつも自由に縫い合わせて作るものである。それはさながら「日曜大工 bricolage」のように、元の布それぞれの思い出をそのままに、器用に組み替えている。この盆踊り自体も同様に、いつの時代かに伝わったものが当地で組み替えられ、独自の変化を遂げたものである。

 

 美しい夏の風景が映し出され、8月16日から18日にかけての盆踊りが近づいてきたことを知る。夕べの大気に漂う囃子にのって、子ども達の踊りがはじまる。そこに、あの黒頭巾の者が再度登場する。この盆踊りは別名「亡者踊り」とも言い、「彦三頭巾」(ひこさずきん)をかぶるこの役は亡霊を表すとも言われている。夜は更け、人々の顔がなくなっていく。子ども達の踊りから大人の踊りへと移り、最後に踊り自慢の人々が登場する。ここで静の囃子《がんけ》と動の囃子《音頭》が説明されるが、字幕で歌詞が表示されるため、初めて観る人でもどのような歌を歌っているのかが分かるように配慮されている。

 

 

 映画の最後は冒頭と同じく暗闇の空間で踊り手が踊るが、おわりに皆が顔を出していく。隠れていた顔が現れることで初めて、人間の顔は、比較できると同時に唯一無二であり、さらにそれぞれ無限の顔も持つことを知る。もしかしたら、本作で「顔」が現れるのは冒頭だけなのかもしれない。はじめに私たちと「顔」との間にはある種異常な隔たりがあり、編み笠や彦三頭巾の向こうには無限が広がっていたが、人々は最後に「顔」であることをやめ、社会の成員へと還ってゆく。祭りが「絆」を作るとは近年よく言われるが、実は、祭りというものは「私」と「あなた」が平和裏に出会うだけの時空間ではない。西馬音内盆踊りでは、全くつながりが持てない他者として、「顔」が顕現しているからである。夏の夜、ひととき絶対的な他者と交歓すること、そこに「絆」を超えた祭りの意味があるのかもしれない。

 

 

 

 

西馬音内盆踊り

西馬音内1

端縫いの衣装

彦三(川﨑撮影)

彦三頭巾 (2013年9月28日の「秋田けけけ祭り」にて筆者撮影)

西馬音内3

編み笠

※断りのない写真は全て、ポーラ伝統文化振興財団による撮影。


0422_001記録映画「端縫いのゆめ-西馬音内盆踊り-」(1984年制作/31分)
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※次回は9月10日、「ふるさとからくり風土記―八女福島の燈籠人形ー」をご紹介します。



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