2018年05月25日
映画解説(工芸部門)vol.5
白線のコスモス — 糸目にみる秩序の美
映画『山田貢の友禅—凪—』
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大友 真希(染織文化研究家) |
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友禅染は、分業制が主流にもかかわらず、なぜ全工程を一人で行うのかと尋ねられ、「自分の好きな線を引くため」と山田貢は答えている。
友禅の人間国宝・山田貢(やまだみつぎ・1912−2002)は、岐阜県岐阜市に生まれ、15歳のときに友禅の道へ入った。叔父の紹介により、名古屋松坂屋で友禅制作をする中村勝馬(1894−1982)の下に付き、友禅染や蝋染(ろうぞめ)を学んでいった。近代化が急速に進むなか、中村は友禅の創始期にみられた「自由で豊かな精神」に真意を求め、単なる商業的物品ではなく「美術品」としての友禅に理想を追うようになる。中村から強く影響を受けた山田は、昭和4年(1929)中村とともに上京し、昭和26年(1951)の独立後、一友禅作家として、作品に「自分独自の雰囲気」を表現するようになっていった。
映画『山田貢の友禅—凪—』は、山田が東京世田谷の自宅にて、着物作品「凪(なぎ)」を制作する過程が記録されている。友禅染は、まず、糯粉(もちこ)と糠(ぬか)を原料とする防染糊——糯糊(もちのり)を使って布に模様を描く。糊の乾燥後、その上から染料で色を挿す。布に染料が定着した後、糊を洗い流すと、糊を置いた部分は染まらず、白く地色が残ることで模様が浮き出る。友禅は、糊の質と糊置きの仕事が仕上がりを決めるといっても過言ではない。図案の良し悪しは言うまでもないが、良い図案でも、糊を置いた「糸目(いとめ)」が不味ければ、友禅としての価値は下がる。
網干(あぼし)の風景を描いた作品「凪」では、藍色との対比でくっきり浮かぶ交差した無数の白線が、画面に清々しい印象を与えている。山田は制作のはじめに実寸の下絵をつくる。網目は定規を置いて鉛筆で線を引き、その上からサインペンを使ってフリーハンドでなぞる。網の結び目を表現するように、強弱をつけながら一本一本綿密に線を引く。続いて下絵の上に布を重ね、水溶性の青花(あおばな)をつけた細筆で、再び同じ線を写し描く。その後、ひと月以上かけて、すべての線に糸目糊を置いていく。糸目糊で引かれた線は、文字通り、糸のように細い。
下絵づくりから糊置きまでに、山田は5回線を引く。作品の出来を左右するのは糊置きの線だけとも言える。しかし、山田はそこに至るまでの4回、すべての線を丹念に引く。何度も引くことで、自らの手に「線」の感覚を染み込ませていくように。この仕事を経ることで、山田は友禅で重要な糊置きにおいて、自分のイメージ通りの自由な線を引くことができたのだろう。「自由で豊かな」糸目を出すために、その線を繰り返し体に刻む。体だけではない。山田の丁寧な仕事を見ていると、その精神にも、幾重にも重なった美しい糸目が引かれているように思えた。
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≪ 糯糊点連線糸目友禅着物「凪」≫(全体) 1995年 ポーラ伝統文化振興財団蔵
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≪ 糯糊点連線糸目友禅着物「凪」≫ (糸目部分)
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原寸下絵を描く山田貢
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糸目糊置き
※今回掲載した写真は、ポーラ伝統文化振興財団による撮影
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※記録映画「山田貢の友禅-凪-」(1995年制作/34分)
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※次回は6月26日、「彩なす首里の織物-宮平初子-」をご紹介します。