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2018年04月10日



映画解説 vol.7

燃え盛る祭りの想像力

映画『炎が舞う-那智の火祭り-』

 

川﨑 瑞穂 (神戸大学)

火祭りの大松明

日常みかけることが少なくなった今日でもなお、祭りに出掛ければしばしば出会うものの一つに、火がある。思い出のワンシーンに祭りの火がある人もいるはずだ。さらに火が主役ともいえる祭りは、日本だけでなく世界各地に伝承されている。今回紹介する映画『炎が舞う―那智の火祭り―』は、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町(ひがしむろぐんなちかつうらちょう)に鎮座する熊野那智大社の例大祭、通称「火祭り」をダイナミックに描き出した作品である。

 

この祭礼は、扇神輿(おうぎみこし)という特殊な神輿を用いることから扇祭(おうぎまつり)と呼ばれており、巨大な神輿12体をウェーブのように立ち上げる扇立(おうぎたて)のシーンは壮観である。この神輿を祓い清めるために火を用いることから「火祭り」とも呼ばれているが、本作に映し出される火は全て、7月14日の祭礼当日、朝5時におこされる忌火(いみび)から生まれてくる。那智大滝の御滝本(おたきもと)に鎮座する飛瀧神社(ひろうじんじゃ)では、この火を大松明に点火する儀式が行われる。そして、「オメキ」と呼ばれる渡御の開始を告げる歓声が交叉する中、伏拝(ふしおがみ)という場所から降りてくる12体の神輿と、御滝本から上がってくる12本の大松明が石段の上で出会い、クライマックスをむかえる。

  

なぜ人は祭りに火を採り入れたのだろうか。無論、火の意味が祭りによって様々であることは、火を見るより明らかだ。那智の火祭りは、大松明の「火」と、神輿によって表現される那智大滝の「水」の祭りであると、ナレーションでは語られている。度々登場する聞きなれないキーワードは逐一画面に表示され、この火と水からなる画廊を逍遥する際の導き手となってくれる。祭礼を理解する近道は、各部分が何を象徴するのかを知ることであろう。「記録映画」といういささか学問的な映画の使命は、その水先案内に尽きると言っても過言ではない。しかし、象徴を知るだけでは火祭りの秘密を解き明かすことはできない。われわれはナレーションの行間に侵入し、祭りの想像力の最深部に潜り込んでみよう。

 

本作はこの祭りのクライマックス、赤々と燃える大松明のシーンから始まる。突然画面いっぱいに横溢する火。それは幼き頃に課せられる最初の禁止の一つであり、ゆえに観る者の心に直截的に働きかけ、魅惑する。火祭りは、その「火」の原体験を想像力の源泉として、鮮やかに開花せしめた祝祭であるといえるかもしれない。この喧騒のシーンに、室町時代の面影を遺すとされる典雅な「那智田楽」のシーンが交叉する。ここではあえてナレーションを廃することで、芸能と喧騒、秩序と無秩序、楽音と噪音といった対立を巧みに表現している。ここから視線は空高く上昇し、熊野の山々を一望する。囃子や掛け声を運ぶ「空気」、それらを包み込む熊野の「大地」、そして「火」の神である熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)と那智大滝の「水」。これらは祭礼を生み出した人々の、物質的な想像力の「四元素」であるともいえよう。絶妙な場面転換によって描出される祭りの想像力に沈潜するのも、本記録映画を楽しむ一つの方法かもしれない。

 

 

 

火祭りの大松明

②那智大滝

那智大滝

③那智田楽

那智田楽

那智の森

熊野の森 ※本写真は川﨑瑞穂による撮影


※クレジットのない写真は、すべてポーラ伝統文化振興財団による撮影


0125_001記録映画「炎が舞う-那智の火祭り-」(2001年制作/32分)
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※次回は5月10日、「若衆たちの心意気-烏山の山あげ祭り-」をご紹介します。



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