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お知らせ

2018年03月01日

 

私は民俗芸能の詞章の研究や詞章を基にした作詞の仕事をしています。今日は、私が作詞し、平成29年3月7日、紀尾井ホールで作品として発表された、大和楽「四季の雨傘」を題材に、民俗芸能(広島県の田植唄の詞章の一部)を取り入れた詞章のあり方、新しい形での言葉と文化の伝承についてお話ししたいと思います。

 一昔前であれば当たり前のように様々な芸能から長唄や端唄、地歌などに詞章が取り入れられ、形を変えて伝承されてきました。しかし、近年の新作ではその傾向が薄くなっているように思われます。以前からこれを危惧していた私は、紀尾井文化財団の「邦楽作品の新作作詞家を育てる」という目的で開講された「紀尾井邦楽塾」を、平成26年8月に受講し、竹内道敬先生、徳丸吉彦先生、渡辺保先生らの指導を仰ぎ、広島県の田植え唄の詞章を摂取した「四季の雨傘」を完成させました。
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中国山脈を挟むようにして広島県北部と島根県南部の山間部落で行われている「花田植え」と呼ばれる民俗芸能があります。

 「花田植え」といえば、2011年にユネスコ無形文化遺産に登録された広島県山県郡北広島町壬生の花田植えが有名すが、今回、私が大和楽「四季の雨傘の詞章として摂取したものは、その壬生の花田植えが行われる千代田町の隣町に位置する、広島県安芸高田市美土里町のもので、本郷(本村)から、北地域にかけて歌い継がれてきたものの一部です。

 美土里町史編集委員会『美土里の歴史と伝説』(1972)によれば、美土里町の「花田植え」の歴史は文政2年まで遡るとされています。
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もともと、「花田植え」の歌は田を守る神である「さんばい」お迎えする行事でしたが、「さんばい」をお迎えする為の歌から、徐々に様々な歌詞が生まれていったと考えられます。

 美土里町史編集委員会『美土里の歴史と伝説』(1972)の中から、今回の大和楽の詞章で用いた歌詞の元歌を引用してみましょう。

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さて、田植え歌の「つるらんつるらんぴんつるらん」という歌詞をみると、座頭(盲人音楽家)が琵琶を弾いた時の擬音である、ということが考えられます。私はこの擬音の特徴を他の音の擬音に置き換えられないだろうか、と考えた。

 擬音について考えた際、「花田植え」の歌詞の全文に「水」に関する描写が多いことに気がつきました。その為、この「つるらんつるらんぴんつるらん」という擬音を「水」に関する別の表現に用いることができないだろうか、と次に考えました。その結果、以下のように傘が雨を弾く音のイメージにたどりつきました。
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広島県の山間部地域のように、日本には限界集落と呼ばれる地域が多く存在します。残念なことではありますが、伝承者がいなくなり、途絶えてしまう芸能は沢山あります。

私が今回紹介したように、新作邦楽の詞章にこのような民俗芸能の歌詞を摂取する、という手法は、今後、途絶えてしまいそうな民俗芸能に再び人々の注目を集め、芸能保存の方法の一つになるのではないかと考えています。新作邦楽には新しい風を、民俗芸能にはその保存を、と双方に良い効果がもたらされるのではないでしょうか。

 「古きを訪ねて新しきを知る。」新しいヒントやアイディアは古典の中に溢れています。皆さんも生まれ育った地域の民俗芸能や興味のある伝統芸能の歌詞を改めて読み直してみてはいかがでしょうか。

 

稲垣慶子

 

国立音楽大学アドバンストコース、日本大学博士前期課程舞台芸術専攻修了。日本の横笛の歴史研究、古典音楽の詞章研究を中心に活動中。

 


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