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2018年02月25日

映画解説(工芸部門) vol.2

「流れの美」を描いた染色家

−映画『芹沢銈介の美の世界』−

   大友 真希(染織文化研究家)
339、芹沢銈介、額「風」

《風の字》 紬地型絵染 1957年

公益財団法人ポーラ伝統文化振興財団

 《風の字》は、芹沢銈介(1895-1984)の代表作の一つである。「風」を筆の勢いで書いたままに見えながら、丸みを帯びるそのかたちが、月夜の空を吹きぬける「風」そのものをあらわしているようにも見えないだろうか。実体がなく目に見えない風の流れは、芹沢の目、耳、鼻、皮膚に伝わり一度内面化されたのちに、「型絵染」によってあたらしい命が吹き込まれている。《風の字》が生み出された経過を、そんな風に考えてから再び《風の字》と向き合うと、今度はあたかもポーズを決めた「風」がスポットライトをあびる姿に見えてきて愛くるしささえ感じた。この《風の字》は「のれん」の模様としても親しまれている。
屏風007 布文字春夏秋冬二曲屏風(縮小)
《布文字春夏秋冬二曲屏風》 1965年

静岡市立芹沢銈介美術館

 芹沢は、あらゆるものを題材にして模様を描いた。植物、動物、風物、諸像、暮らし、仕事、道具、物語、文字、具象、抽象…森羅万象がモチーフだったと言っても過言ではない。
 

 そのなかに、「春夏秋冬」という文字をデザインし四季の変化をあらわした《布文字春夏秋冬二曲屏風》がある。「春夏秋冬」の文字と季節ごとの動植物模様が周りを囲む。《風の字》と同じ文字絵であるが、その文字は流動する帯状の布によってあらわされている。芹沢はこれを「布文字」と呼び、多くの作品を生み出した。

のれん024 天の字のれん《天の字のれん》 1965年
静岡市立芹沢銈介美術館

 《天の字のれん》もその一つだが、これについては「天」という文字よりも、動いている布そのものが主題であるかのようだ。さらに布が布に型染されているという多層的な趣向が、不思議な感覚をあたえている。芹沢にとって文字を書く筆の流れは、天に舞う布の流れも内包していた。


 本映画では、88歳を迎える芹沢がなお旺盛に創作する姿が映し出され、その生涯を振り返りつつ、作品に見る「美の世界」が描かれている。芹沢は自らの溢れる創作性を、ただ「描く」だけでなく、型紙彫り、糊置き、色差しといった「行為の重なり」によって最大限に成就させた。下絵どおりの、または頭にイメージした完成形に向かう制作を好まず、「行為の過程を愉しんだ集積」によって作品を生み出していたのだ。伝統染色である型染は、古くから職人の分業によって制作されてきたものだが、芹沢はすべての工程を自らの手でおこなった。その一貫した仕事は、独自の芸術性を創出し、あらたに「型絵染」と呼ばれるに至った。

芹沢銈介L芹沢銈介 1983年
公益財団法人ポーラ伝統文化振興財団
 映画のなかでは、芹沢がこれまでの仕事を顧みて、「なんで今までやってきたのか分からない。自分でこうやろうと思っていたのではなく、いつの間にかこうなった」と冗談めかして話したというのが印象的だった。また、「家出をして、ほうぼうを旅してまわりたい」と「流浪」への憧れをよく口にしていたのを知り、芹沢の眼差しとその先にあったものの正体を掴むことができた気がしている。芹沢は、「流れの美」をこの世界に見いだしていたにちがいない。



 

0012_001※記録映画「芹沢銈介の美の世界」(1984年製作/35分)
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※次回は3月25日、記録映画「-筬打ちに生きる-小川善三郎・献上博多織」
をご紹介します。

 


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