2017年11月10日
映画解説 vol.2
再び見出された祭礼の意味
映画『秩父の夜祭り―山波の音が聞こえる―』
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川﨑 瑞穂(国立音楽大学助手) |
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関東平野西縁の山岳地帯に位置する秩父地方の民俗芸能を、私はかれこれ10年あまり研究しているが、この地方の総鎮守である秩父神社の例大祭、通称「秩父夜祭」が開催される12月1日から6日にかけての混み具合には今でも驚かされる。この祭礼を題材とした映画『秩父の夜祭り―山波の音が聞こえる―』(1990年)は、12月2日(宵宮)と3日(大祭)の屋台巡行、歌舞伎、曳き踊り、花火や、10月からの準備の様子だけでなく、一般には見ることができない神事や歌舞伎の稽古の様子も収録しており、寒風吹きすさぶ秩父盆地を鮮やかに彩る冬の祭典を、様々な角度から楽しむことができる作品となっている。
夜祭は2016年11月30日、33件の「山・鉾・屋台行事」の一つとしてユネスコの無形文化遺産に登録されたが、これら33件の行事は、疫病を流行させる神を追い祓うという意味を持つ祭礼が多い。本作に収録されている「虫送り」や「三匹獅子舞」(共に皆野町)、また秩父神社の夏の「川瀬祭り」(本作未収録)などにも、本来は同様の意味がある。これに対し、夜祭は別名「お蚕祭り」とも呼ばれ、かつては年一度の大絹市の日に行なわれたものであったことから分かるように、養蚕に密接に関係した祭礼である。本作には当時の養蚕の習俗も収録されているため、秩父地方の「映像民俗誌」として鑑賞することもできる。
本作のナレーションでも述べられているように、夜祭は養蚕の守り神たる秩父神社の女神(妙見菩薩)と、武甲山の男神(蔵王権現)の年一度の逢瀬を表わすとも言われているが、養蚕が衰退した現在でもなお、夜祭は秩父内外の人々を魅了してやまない。なぜだろうか。なぜ人々は屋台を曳き回し続けるのだろうか。山車(だし)のような作り物を曳き回す行事自体は、日本だけではなく世界各地にみられるものである。私自身も、「東方の三博士」を模した作り物がでるキリスト教の行事をパリ大学留学中に見たことがあるが、有名なリオのカーニバルを想像しても分かるように、作り物を皆で動かすというその行動自体は普遍的なものであり、異なるのは時代や地域ごとに加えられる「意味」である。芸能や祭礼の意味は、必ずしもそれ自体に備わっているものではないのだ。
本作に収録されている行事の一つである「龍勢(りゅうせい)」は、祭礼の「意味」を考える上で多くのことを教えてくれる。吉田町に伝承されているこの祭礼は、竹などで造ったロケットを打ち上げる一風変わった行事であるが、秩父を舞台としたテレビアニメ『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』(2011年)に登場したため、ご存知の方も多いかもしれない。最近ではアニメにちなんだロケットも打ち上げられるようになっており、アニメによって伝統的な祭礼に新たな「意味」が書き加えられているともいえよう。このアニメのファン(いわゆる聖地巡礼者)にとって、龍勢という祭礼の意味は、そのアニメ抜きには語りえない。祭礼の意味というのは、このように刻一刻と更新されるものであり、極端に言えば、安定的かつ絶対的な「意味」というものはない。秩父夜祭の意味は、祭礼を伝承する人々、さらには参加する各時代の人々が見出していくものなのである。
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屋台と花火
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三匹獅子舞
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秩父神社に奉納された繭 |
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龍勢(りゅうせい) |
▼記録映画「秩父の夜祭り-山波の音が聞こえる-」(1990年制作/34分)
映画紹介はこちら
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※ 次回は12月10日、「新野の雪祭り-神々と里人たちの宴-」をご紹介します。