2017年10月10日
映画解説 vol.1
オロチの神楽と変装=変奏の妙 ―映画『神々のふるさと・出雲神楽』―
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川﨑 瑞穂(国立音楽大学助手) |
「芸術の秋」とはよくいわれるが、秋祭りに付随して各地で神楽(里神楽)が多く行われるようになるこれからの時季は、いわば「神楽の秋」であるともいえる。神楽は天岩戸神話、すなわち弟神スサノオの悪行を恐れた姉の太陽神アマテラスが岩戸に隠れたという物語の中で、芸能神ウズメが披露した舞にはじまるとされている。ゆえに「岩戸開き」の演目を重要視する神楽も多いが、今回紹介する映画『神々のふるさと・出雲神楽』で採り上げられている島根県の「出雲神楽」では、出雲に降ったスサノオによるヤマタノオロチ退治が重要な演目となっており、映画でも各地域のオロチ退治の演目がクローズアップされている。 |
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オロチのモチーフの由来ともされる斐伊川(ひいかわ)の北方、島根半島に鎮座する佐太神社の芸能「佐陀神能(さだしんのう)」(島根県松江市鹿島町)の紹介から本作は始まる。ここでは鬼面のオロチとスサノオとの闘いが鮮やかに映し出されているが、次の「見々久(みみく)神楽」(出雲市見々久町)では、龍頭のオロチとスサノオとの闘いが収録されており、趣向の違いがよくわかるように構成されている。次に、世界遺産の銀山で有名な石見地方に視点を移し、同地に伝承されている「有福(ありふく)神楽」(浜田市下有福町)が紹介されているが、この神楽ではオロチが伸縮する筒状(まさに蛇腹)の衣装「蛇胴(じゃどう)」で登場し、口から火花を吹く。そして、最後の「奥飯石(おくいいし)神楽」(飯石郡飯南町・雲南市)では、龍頭のオロチが登場するが、ここではオロチが幕(蛇幕)で覆われており、さながら獅子舞のようである。
このように、出雲地方や石見地方ではオロチが様々な形で表現されているが、本作には退治シーンが比較的長く収録されているため、それぞれの趣向をじっくり見比べることができる。オロチ退治の物語は、神話学ではアンドロメダ型、すなわち怪物に囚われた美女を英雄が救い出すという世界中に存在する類型に属するものであるが、本作を見ると、この怪物(オロチ)の「変装」が、各地域でいかに「変奏」されているのかがよくわかる。
無論、「変奏」とは音楽の技法の一つであるが、オロチを表現する笛のメロディー、太鼓や胴拍子のリズムもまた、それぞれの神楽で巧みに「変奏」されており、一つとして同じものはない。神楽はもちろん目でも楽しめるが、その囃子の音が無ければ雰囲気を十分に体感することができない。本作では、神楽のシーンではBGMがなく、ナレーションも必要最低限であるため、それぞれの囃子の違いを聴き比べることができる。また、歌が歌われるシーンでは、ナレーションがその詞章(歌詞)を復唱しているため、どのような内容を歌っているのかもよくわかる。
トグロを巻くオロチが登場する有福神楽のナレーションでは「魅せるために工夫している」と述べているが、それに加え、他地域といかに違いをつけるか、すなわち「変奏」するかという工夫も、民俗芸能においてはまた重要な力のいれどころなのである。「創造」が個性なのではなく、「変奏」こそが個性であることを、民俗芸能は教えてくれる。本作を通してもし神楽に興味が湧いたならば、秋の夜長、各地を訪ね、神楽の「変装=変奏」の妙をあじわうのもまた一興である。
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佐陀神能 鬼面のオロチ
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見々久神楽 龍頭のオロチ
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有福神楽 蛇胴のオロチ |
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奥飯石神楽 蛇幕のオロチ |
▼記録映画「神々のふるさと・出雲神楽」(2002年制作/41分)
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※ 次回は11月10日、「秩父の夜祭り-山波の音が聞こえる-」をご紹介します。