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2017年12月10日

映画解説 vol.3

緩急織りなす芸能の時間

映画『新野の雪祭り―神々と里人たちの宴―』

  川﨑 瑞穂(国立音楽大学助手)

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大正時代の終わり、信州伊那谷の新野(にいの)から芸能の歴史を辿る壮大な旅をはじめた民俗学徒がいた。雪を豊作の予兆とみるこの芸能を「雪祭り」と命名したのが、その人、折口信夫である。折口の台本による映画『雪まつり』(岩波映画製作所、1953年)を嚆矢として、この芸能は何度か映像化されており、今年2017年には南信州広域連合の民俗芸能保存継承プロジェクトの一環として、記録映像『新野の雪祭り』が制作された。今回紹介する作品は、1991年に伝統文化ポーラ大賞を受賞し、1995年に文化功労者となった民俗芸能研究の泰斗、本田安次が監修した映画『新野の雪祭り―神々と里人たちの宴―』(1981年)である。

雪祭りといえば1月14日から15日朝にかけて行われる伊豆神社(長野県下伊那郡阿南町新野)での神事が中心であり、これを見学することが多いが、本作では前日13日の諸行事も詳細に紹介している。中でもお旅所の諏訪神社で行われる「面化粧」は一見の価値がある。仮面の色を塗り直すこの行事は、御神体である仮面に新たな魂を塗り込む儀礼であるという。雪祭りの魅力の一つがその多彩な仮面であることは、雪祭りを知っている人ならば誰でも首肯することだろう。中でも「サイホウ(幸法)」は最も重要な仮面であり、本作でもクローズアップされているが、そのエキゾチックな仮面と舞には私も感動した記憶がある。

ナレーションでも述べられているように、14日の夜中に顕れるサイホウは計9回も出入りする。本作はダイジェストであるためテンポよく先に進むが、実際の雪祭りの各部分には繰り返しがとても多い。これに対し、「お獅子」のように一度きりしか登場しない役もある。何度も繰り返すこと、逆に1回しか行わないこと、その緩急が芸能独自の「時間」を形作っているともいえる。芸能の時間に身を浸すことは、日常の計測可能な、外的な時間を一旦括弧に入れ、計測不可能な、内的な時の流れに身を浸すことである。このような「芸能の時間」というものは、窮極的には演じられるその場でのみ体験できるものである。

とはいえ、1月の寒空のもとで夜通し観るにはかなりの体力と根気が必要であり、ほとんどの人が休憩所で仮眠をとりつつ観ることとなる。私が雪祭りの調査を行なったのは、学生時代、研究をはじめたばかりの頃であった。夜通し行われるこの祭礼を、せっかく来たのだからと休まずに観ていたら、明け方の帰り際、地元放送局のカメラマンに「ずっと外にいたね」と驚かれたのを覚えているが、今同じように観る自信はない。本作は雪祭りをコンパクトにまとめているが、それでも雪祭りのインパクトは健在である。サイホウのような目立つ部分だけでなく、前述した「面化粧」をはじめ、舞い役を決める御籤(みくじ)や、「お滝入り」という禊(みそぎ)など、一般の目には触れにくい部分にも注目しており、その緩急は映像だからこそ表現できるものであるとも言えよう。本作を通して、時計で計られた日常の時間の中で、ひととき芸能の時間に身を委ねてみてはいかがだろうか。

サイホウ(幸法)

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雪を撒くモドキ(写真奥)

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お獅子
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明け方の新野(伊豆神社より)
※今回掲載した写真は、川﨑瑞穂先生による撮影

 
4045_001※記録映画「新野の雪祭り―神々と里人たちの宴―」(1981年制作/30分)
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※次回は1月10日、「神と生きる-日本の祭りを支える頭屋制度」をご紹介します。



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