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2018年03月25日

映画解説(工芸部門)vol.3

絹帯をめぐる音の風景

映画『筬打ちに生きる−小川善三郎・献上博多織』

  大友 真希(染織文化研究家)
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 「帯の値打ちは色や柄だけでなく音にもある」と小川善三郎(1900-1983)は語る。

 

 本映画の終盤に、小川が織り上げた帯を織機から外す場面がある。しっかりと織り込まれた厚みのある絹帯が、小川が手元に巻き取るたびに、シューッ、シューッ、と重厚な音を立てる。絹鳴りである。小川がつくる献上博多織は、織り味が良いというだけでなく、気持ちの良い絹鳴りがするのだ。上質な絹糸を用い、長年の修練をともなった手織り特有の音が、小川の帯にはある。

 

 機織りは、昔から男性よりも女性に結び付けられる仕事としておこなわれてきた。祖母や母の姿をみて、糸作り・機織りの仕事を体得することが女性として一人前と認められる要素の一つであり、家のため、夫や子供のために縞や絣模様を工夫して織ることは、女性たちの楽しみでもあった。糸紡ぎ・機織りをする女性たちの姿は日本の原風景の一つであり、糸を紡ぐ糸車の音、機を織る音が家々から聞こえてくる、そういう「音の風景」が多くの土地に存在していた。女性たちの手により綿々と織られてきた布は、やわらかさをもち、身につける者に温もりを感じさせたことだろう。

 

 一方、博多織では、経糸(たていと)の密度が非常に高く、緯糸(よこいと)を打ち込むには強い力が必要とされたため、昔から、織り手には男性が採用されてきた。小川の織る博多織は、厚みを持った強靭な織物である。映画には、小川がひたすら織機と向き合う姿が映し出されるが、強い力を入れて織る様子は見られない。畦(あぜ)を上下させ経糸にカラカラカラと杼(ひ)を通す。タンタンと緯糸を打ち込んだ後、他方の畦を上下し、タン、ターンと筬打ち(おさうち)をする。畔を上下させ、経糸に杼を通し、筬を打つ冴えた音が、繰り返し機場に響く。小川の呼吸に合わせて、八千本もの経糸が縺れることなく織り進んでいく。糸・織機との掛け合いに無心で取り組む姿がそこにある。決して「力」を入れているのではなく、経験によって自身の身体に染み付いた織りの息づかいがそうさせている。

 

 小川は、一連の音色を基に、織りのテンポをとっているのではないだろうか。それは、かつて女性たちが歌った機織唄のように。唄により一定の調子で作業を続けることができ、反復仕事の退屈も避けられる。また、機織唄は、「いい布が織れるように」との願いや祈りが込められていて、本来は、機織神へ捧げる唄でもあるのだ。神聖な気持ちで機織りに臨むことがあたりまえとされていたからであり、小川にもその心があることは仕事に向かう姿勢からも伝わってくる。

 

 小川は優れた作品のことを「気合いの籠(こも)った帯」と呼ぶ。「厚みのある強靭な帯」とは、男性的な織物だといえるかもしれない。しかし、小川の織る献上博多織は不思議とやわらかい。その理由は、気合いを籠めた呼吸が奏でるその「音」にみることができるだろう。

小川善三郎 1982年

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機織り(畦を上下させ、経糸に杼を通し、緯糸を打ち込む)する小川

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織り上がった帯を検品する小川(右)と家業を継ぐ息子の規三郎(左)

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小川善三郎《三献上博多織帯》 1982年
ポーラ伝統文化振興財団蔵


※今回掲載した写真は、ポーラ伝統文化振興財団による撮影


0097_001記録映画「筬打ちに生きる-小川善三郎・献上博多織」(1982年制作/33分)
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※次回は4月25日、「紬に生きる-宗廣力三-」をご紹介します。


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